【日本公認会計士協会 42回研究大会発表 応募原稿】 2021年5月2日

(メインテーマ 会計士が創る躍動の未来~持続可能な社会の構築に挑む~)


 皆さん、こんにちは。

 日本公認会計士協会の2021年9月に開催される第42回研究大会の研究発表者に応募しておりましたが、4月末に選考結果が出て、残念ながら落選いたしました。企画者の求めるテーマや内容に合致しませんでした。

 これは偏に私の能力不足でありますが、自らを省みてまた新しく研鑽していくためにブログとして応募原稿をそのまま掲載しておきます。また別の機会に発展させたものを世の中に問えるように努力いたします。

 ご興味のある方は、“この愚か者”と笑ってお読み捨て下さい。


【論文発表】

[発表テーマ]いまあらためてひとりの公認会計士として考えておくべき課題

[発 表 方 法]募集内容のうち(1)テーマ及び発表者(パネリスト)の募集①研究論文による発表に応募します。

[住 所]**************

[氏 名]東葭 新(とうよし あらた)

[職 業]公認会計士・税理士、会社役員

[電話番号]*** **** ++++

[本文](字数制限内に収めること)

公認会計士監査制度は欧米における資本主義の発展とともに世界に広まり日本に根付いてきて現在に至ります。公認会計士が依拠する会計基準や監査基準に関しては世界中で統一・標準化が進んでいますが、法制度などに代表される社会制度は各国固有であることから監査の実務自体は日本独自の文化、慣行が色濃く反映してきていると認識しています。このこと自体は良いも悪いもなく、むしろこれからの多様性・包摂性が求められる時代において日本独自の価値観を世界に発信していくうえで強いインパクトをもたせることができるところと考えます。そのうえで、公認会計士として1990年代から現在に至るまで、さらに直近10年あまり監査法人の社員・上場企業の役員を経験している者(発表者)が考え続けてきたものとして、現在においてもなお公認会計士として避けてはいけない『問い』をここで皆さんと一緒に考えたいと思います。

さて、世界中から求められる持続可能な社会にとってESG、すなわちenvironment, social and corporate governanceは企業のステークホルダーにとって重要なメトリックスになっています。公認会計士の職業はその性格上ESGとは非常に親和性が高いと考えます。公認会計士が特に必要とされるのはそのうちのコーポレート・ガバナンスの局面にあると認識します。しかしながら、私を含めてすべての公認会計士資格者が我が国における新たな価値をその資格のみで、世の中に必要な価値を創造する役割を果たすことができるわけではありません。このことは実はいつの時代でもあきらかであり、これからの時代ではなおさらのことでしょう。公認会計士が我が国における新たな価値を創造するイノベーションの主要な役割を担い、他の業界や団体との一層の連携を図り、積極的に社会に対してソリューションを提示し、さらには日本独自の価値観を世界に発信していく存在であるためには、公認会計士が独占業務としている監査に対する社会的な価値を高め続ける取組が必要です。ここで価値を高めるとは、提供する側の我々の仕事の質、つまり社会に与えるインパクトを高めるという意味であることは言うまでもありません。過去から現在に至るまでそのような取組は公認会計士協会そして監査法人によってさまざまに取り組まれてきました。そして取組の議論は尽くされ、実行されてきた感を、(これ以上は無理という)疲労感とともに公認会計士業界全体がもっているように私は感じます。そこまでやりつくした取り組みではありますが、短期的に目に見える結果を求めざるをえなかったために、その取り組みの多くは監査手法の一般化やあるべき論の精神的・抽象的な側面に偏りがちであったと思います。現実の監査という仕事は一般化とは真逆の個別・固有なものですから結局は実際の取り組みの運用は現場に丸投げされていたと認識しています。このため結局は監査の現場が頑張っているはずなのに身動きがどんどんとれなくなっていっている状況でした。つまりいまの私たちは監査を予期した事とは反対に創造的な職業とはなりにくくしてしまっています。発表者はこの“丸投げ”されていたところを、どのようにすれば、公認会計士の本分である監査業務を通じて創造的な価値を提供できる能力を獲得できるようになるのか、あるいはするのかを真剣に考えている立場にいます。さらに、世の中全体が政治的にも、経済的にその結びつきがグローバルにかつ、複雑化・多重化し、技術革新も爆速しているもとで、日本人の生活や働き方に対する価値観が大きく変っていることを日々感じない日はありません。今、イノベーションをけん引できる人材のニーズが高まる中、自らの職業の本分と自身のキャリアに主体性をもてない私たちが新しい価値を開発していけるのかと危機感を強くもっています。日本の公認会計士が新たな価値を創造する重要なファクターであり、プレイヤーであると社会から認められるためにひとりの公認会計士として、今考えることを避けてはいけない『問い』を一緒に考えて参りたいと思います。

今回挙げた2つの『問い』はそれぞれとてもプリミティブなものです。そこには、監査法人勤務と上場会社社外役員との両方の経験(監査主体と監査客体の両方の視点)から、これからも社会にインパクトを与える公認会計士として考えてほしいテーマとそのテーマに対する私からの回答案です。この回答案をたたき台として異論がたくさんでることを期待して、私の主観を正直に開陳しております。一部には過ぎた表現もあるかもしれません。あらかじめお詫び申し上げておきます。

 『問』監査業務を通じて獲得すべき「価値を創造する能力」は何か?

 「問の背景」

1990年代から経済のグローバル化や平成バブル崩壊、ITバブル、そしてリーマンショックなどの数々の経済変動を経て、会計・監査ルールが大きく変化してきました。それに伴い公認会計士業務の品質を維持向上するための公認会計協会のCPE制度の導入と充実、さらに監査法人に対する法人内外の品質検査と相まって監査業務のマニュアル化、監査調書様式・ツールの整備、監査法人における人事評価制度と社員・職員教育の整備、監査法人組織の改革が進みました。しかしあるべき監査論や理想の状態、改善すべき課題の抽出や能力開発の必要性やマインドに関する方法論、組織論などの議論は尽くされてきましたが、それらの多くは精神論的、抽象的ないしゴールのみを示すものとならざるを得ず、必ずしもそこに到達するための具体的な手順が十分に示されていなかったのではないかと考えます。それらは実践的というよりは知識の習得に重点が置かれてきたように思います。現在のような巨大監査法人の寡占の時代ではなく、同じような規模の監査法人が20程あった30年前の時代では、知識の習得に重点をおいてもOJTや現場での業務経験により十分に監査品質を高めることができるものと思われていたからです。知識の習得は必要なものですが、学校の入学試験と異なり、知識だけでは全く実務の役にたちません。そこで、自己の研鑽を第一としつつそれを補完するものとして監査現場によるOJTが強く推奨されました。しかし、監査対象会社の増加、公認会計士の活躍領域の拡大や社会からの要請に応えることによる業務量の増大に加えて、テクノロジーの進化によるハード面・ソフト面での監査環境の変化がOJTの密度を下げてきました。さらに近年のオンライン監査の進展はOJTがほとんど機能していない、ないしOJT機能を著しく低下させているといえます。加えて、コロナによるオンライン監査の常態化はますます進み、チームとして行われるべき監査業務が監査チームメンバー個人間に分断、孤立を深めていっており、組織的監査といわれるものが達成しづらい状況であると認識しています。与えられた監査調書様式・ツールをなぞる、そして過年度調書をなぞるだけでは形だけのOJTであり実務であって、公認会計士自身の達成感やモチベーションも高まらず、ましてやその業務から何か新しい価値が生まれているわけでもありません。このことが、監査現場の疲弊感や監査の不備につながることもあったかと思います。仕事をすれば経験値が高まる時代は終焉したのです。そこで、法人の運営をスムーズにするためには評価のしやすさや、数か月や半年で成果が見える目標を拙速に作ることが効率的であることを認めはしますが、私はその立場には立たずにこの問いに回答したいと思います。

『発表者の回答案』

監査対象会社に対して、自ら課題(問い)を立てる能力を獲得すべきである。自ら問いを立てる習慣さえもてば自分ひとりだけで公認会計士の能力を研ぎ磨き高めることができると考えます。この習慣をもつ人材をできるだけ多く公認会計士業界に呼び込む、あるいは公認会計士にこの習慣を強く動機づけられれば、少しずつものごとは改善すると信じます。何を悠長なことを言っているのだと思われるかもしれませんが、急がば回れです。

 最初は、良い、つまり意味・価値のある問いをたてることは難しいものです。しかし、最初から問いをたてる習慣をもつことが、会社のことを深く考え、理解するスタートをきることができるのです。そして実務において自らたてたその問いを解く作業を通じて、会社の組織構造、オペレーションの仕組み、カルチャー、営業や製品の強さ弱さの理由を本当に自分の確信として理解し、自らの言葉でクライアントや利害関係者に語ることができるようになる可能性が出てくるのです。問を立てて、その解を考え抜く習慣をもたないならば、いくら作業が早く、きれいな調書をつくれるようになったとしても「価値」を生み出すことは永遠にできないと考えます。まっさきに、そしてただひとつ、この能力を高めることにこだわるべきであると発表者は考えます。

 『問い』をたてることにより、会社の処理をただ後追いするだけの監査手続きをしないですむでしょう。監査とはチェックリストを埋める作業ではありません。考えた問いを質すことが監査で行われるべき質問です。しっかりとたてられた問いは価値があります。その価値は相手に伝わりますので、しっかりとした考えをもっていることが知られれば、クライアントは事前に相談するし、事前に懸念点を説明し相談するようになるでしょう。この価値が私たちとクライアント等との間で往復するたびに私たちの能力も価値も高まります。逆に問いをたてられない監査ではクライアント等から信頼されないだけでなく、なめられてしまうでしょう。この場合クライアント等も真剣に私たちに答えることはしない、さらには回答さえしないという状況にまでなってしまうかもしれません。しばしば“クライアントとのコミュニケーション”が監査品質のKPYになりますが、本当に大切にすべきKPYはクライアントから説明をうける、という表面的な事象ではなく、私たちが誠実に考えぬいてたてた『問い』をクライアント等に提示できたかどうかです。これは新人からベテランまですべてのひとりひとりの公認会計士に求められることです。その総体として、監査チームの、監査法人の、あるいは公認会計士全体の社会に対して提供する創造的価値につながっていくと考えます。監査における“質問”というひとつをとっても中身はまったく異なるのです。非常にプリミティブなことですが、そのことに気づき、徹頭徹尾こだわることが大切だと申し上げたいです。

そもそも監査で言うところのリスクアプローチはそのようなものであるから、何をいまさらわかりきったことをと仰る向きもあるかと思います。しかし、現実のリスクアプローチは法人のマニュアルやチェックリストに従い、テンプレート化された調書様式に埋め込むだけ、しかも過年度の記載内容をほぼ踏襲するようなことになっていないかどうかを顧みてはいかがでしょうか。またリスク認識でも他社例を横展開するのみで、自ら本当に監査対象に向き合って『問い』を立てているのかどうかを私も含めて常に自問自答すべきだと考えています。

 『問い』公認会計士としてもたなければならない心構えは何か

 「問いの背景」

この10年余りで公認会計士の活躍する領域が監査法人中心から、コンサル会社や企業内会計士そして社外の役員へ広がっています。公認会計士のキャリア領域が広くなることは好ましいですが、監査からコンサル会社、企業内会計士への転換の理由が、監査は感謝されない仕事なので、ありがとうと言われる仕事につきたいからということであったり、企業内会計士や社外役員であれば容易に(戦う⁉必要がなく)必要な資料・情報を入手できるので仕事がすすめやすいということであったりします。この理由は個々の公認会計士の適性というよりは監査という仕事の難しさを表しているといえます。発表者は公認会計士として仕事をするうえで理解しておくべき心構えを考えそして理解していくことによって、その仕事の難しさや使命に強くコミットした行動をとることの心のハードルが下がり、そしてそのような行動を通して社会に対して公認会計士という仕事の特質だけが保持している「価値」を創造できると考えるからです。

 『発表者の回答案』

公認会計士は監査やコンプライアンス、ガバナンスサービスといった目に見えないサービスを提供し、比較的高い報酬を得ていると認識しています。つまりどこにでもあるわけではない希少なサービスを高額な価格で請け負っているといえます。そして私たちの提供するサービスの受益者は代金の支払者である監査対象会社自身を含む対象会社のステークホルダーすべてとなります。このような仕事をしている私たち公認会計士にとって仕事を通じて感謝されてよい相手はステークホルダー全体となります。監査対象会社の一構成員である経理の担当者や取締役から個別に感謝されることではありません。ステークホルダー全体という対象は抽象的なものですので、それがどれだけ私たちの仕事に感謝しているかどうかを考えること自体が職業の性質上あまり意味がないとも思います。私たちは、「ありがとうといわれる」のではなく、職業的専門家として各ステークホルダーからたとえ一時的に悪感情をもたれたとしても「認められる」存在であるべきですし、私たちの仕事にふれた各ステークホルダーに強烈な印象を残すことであるという心構えでいるべきと思います。このことは、監査業務だけでなく、“公認会計士でもある”というまくらことばのつく、企業内会計士であっても、さらには社外役員ではなおさら求められる心の構えと考えます。この『心構え』をもつことが創造的な価値を高めると考えます。与えられた仕事の役割と人間関係との間で板挟みになる状況はどこにいてもあることです。そして公認会計士として能力が高まるほどにいろいろなことに気が付きます。場合によっては自分ひとりだけがリスクの存在や対応すべきことに気が付いているということがありえます。このときに他の全員を敵にまわしてでも必要な行動をし、怠惰にながれないということが必要です。この気づきをしっかりと提示することが価値の創造であるということを見逃してはいけないと思います。監査対象会社や職場の関係者からの軽い感じの感謝は実は、「なめられているだけ」という場合も多いことに気づくと思います。

この『心構え』をもつことがより稀有な価値を生み出し、人間性を高め、洞察力を磨き社会に対して価値を創造し提供できるようになると考えます。

(おわりに)今回挙げた問いは重要なものですが、すべてではありません。他には『性善説ということ』、『監査の重要性』など議論したいテーマがありますが、紙面も尽きました。きっと皆さまも多くの問いをいまお持ちのことと思います。またどこかで機会がありましたら、一緒に考えて参りたいと思います。最後までお読みくださりありがとうございました。

以上


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