日経新聞【決算のコロナ影響緩和 引当金や減損、世界で柔軟対応-経済収縮のリスク回避 】について

日経新聞【決算のコロナ影響緩和引当金や減損、世界で柔軟対応-経済収縮のリスク回避 】2020年4月24日22時12分を読んで感じたこと。

こんにちは。公認会計士の東葭(とうよし)新(あらた)です。

先の4月3日に日経新聞より出た【店舗・工場の減損見送り 金融庁など新型コロナに対応】という記事に対して僭越ながら感想と意見を述べた。この記事の見出しや本文の内容が、さも、一般に認められた会計基準、特に減損会計を場合によっては適用しなくてよいともとられかねないトーンが強く出ているように感じたからである。ご興味のある方は粗い文章であるが弊事務所のフェイスブックを参照されたい。

その後具体的な新型コロナの影響に対する考え方として、2020年4月9日に開催された企業会計基準委員会より「会計上の見積りを行う上での新型コロナウィルス感染症の影響の考え方」が議事概要として公表され、2020年4月15日に日本公認会計士協会より「新型コロナウィルス感染症に関連する監査上の留意事項(その3)」として公表されている。同時に上場会社による有価証券報告書の提出期限の3ヶ月自動延長や決算短信の発表や株主総会の延長・延期対応の容認・推奨が各監督官庁等から発出されている。このことは、新型コロナの感染を防ぎつつ、時間を用意することによって今まで通り意味のある財務報告を行えるようにした施策と捉えることができ、合理的な対応であると認識している。

さて、本題に入る前に、2020年4月9日に開催された企業会計基準委員会より議事概要として公表された「会計上の見積りを行う上での新型コロナウィルス感染症の影響の考え方」の中身をみてみたい。最初に断っておくが、その内容は監査を専門としている公認会計士にとって“当たり前”の内容であり、新型コロナのような10年に一度程度の経済危機に対する会計上の見積もりをどのように行うべきかを改めて整理したものであると私は理解している。

具体的な内容に入ろう。当議事概要を引用している部分を「 」で示す。現代の財務会計では、「固定資産の減損、繰り延べ税金資産の回収可能性など、様々な会計上の見積もりを行うことが必要となる。」ただ会計上の見積もりは将来を予測する必要があるので、その予測に必ず不確実性を伴う。そこで会計基準は「不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することと定義している。」現在の新型コロナウィルスの感染拡大は国民生活と経済に広範囲な影響を与えており、しかもいつまで続くかがわからない状況にあると考えられている。このため、「会計上の見積もりを行う上で、特に将来キャッシュ・フローの予測を行うことが極めて困難な状況となっているものと考えられる。」そこで、この議事概要では、新型コロナ感染症の影響を会計上の見積りにとりこむ上での留意点を以下のように示している。
・不確実性が高い事象についても、「一定の仮定を置き最善の見積もりを行う必要がある」
・「前例がなく、今後の広がり方や収束時期等について統一的な見解がない」場合、「企業自ら一定の仮定を置くことになる」
・そして、もっとも大切なメッセージであるが、「企業が置いた一定の仮定が明らかに不合理である場合を除き、最善の見積りを行った結果として見積もられた金額については、事後的な結果との間に乖離が生じたとしても、「誤謬」にはあたらない」
・「新型コロナウィルス感染症の影響に関する一定の仮定は企業間で異なる」ことはありえ、「同一条件下の見積りについて、見積もられる金額が異なることもある」。このような場合、「どのような仮定を置いて会計上の見積りを行ったかについて財務諸表の利用者が理解できるような情報を具体的に開示する必要がある」。

以上であるが、我々公認会計士は今までと変わりなく、上記に則り粛々と企業の行う会計上の見積もりの合理性を今回も監査することになるのである。
当然であるが、会計上の見積もりはすべてが新型コロナ感染のみに起因する事象だけで行われるものではないことは言うまでもない。

さて、前置きが長くなったが、今日の記事を見てみよう。

まず記事の冒頭の段落であるが、「日米欧の当局が、会計基準を柔軟に運用できるよう動き始めた、、」とある。この出だしは奇妙であり、理解に苦しむ。その後の記事の内容をみても具体的に“会計基準を柔軟に運用”の中身は明らかではない。“私の知る限り”、そして理解の限りでは日本においてそのような当局からの通達等は、財務大臣の答弁を除いて知らない。財務大臣の答弁については後ほど触れる。

今回の新型コロナ感染の影響は、先のリーマンショックを彷彿とさせる。金融市場が大混乱となり金融資産の暴落により資金ショートを起こし金融機関の破たんをもたらした。金融資産の暴落や金融機関の破たんは事業会社の資金繰りにも大きな影響を与える。そこで、米欧は自己資本規制を緩和(強化を延期)して事業会社の資金繰りが急激な悪化をしないように、つまり金融機関が貸し出しをできるようにしたと認識している。日経の記事ではそのあたりを詳しくは説明していないが、実はよく読むと自己資本規制の緩和であって、会計基準の適用を弾力化したわけではないと思う。資金繰り支援は会計処理とは別のもっと上の政策レベルで行われるものである。

次に、冒頭の段落やその先でも、まるでテクニカルワードのように多用されているが、「将来の価値を過度に、悲観的に見積もらないように」とか、「厳格(過ぎる)に、」監査人が減損ないし引当金を積み増しさせようとしている(してきたので、それを阻止する)かのように書かれているが、冒頭に述べたように我々は過去も現在も同じスタンスで監査をしており、その書かれ方は全くの心外である。少なくとも私の知る限り、監査人が一方的に無理やり非合理に減損させたことはない。もちろん会社が事業と財務報告に誠実に取り組んでいることが前提だが。

私には過度に悲観的な見積もりを強要した経験がないので想像ではあるが、会社も監査人も減損会計の知識がなく、事業の将来キャッシュ・フローの見積もりをすることができない状況で起きた不幸な出来事が過去にいくつかの会社にあったのかもしれない。そうであれば、公認会計士業界も真摯に反省しなければならないことは確かである。

少し細かいところに入ってしまったが、元に戻り、本日経記事のもう一つの主張は、会計基準の適用の弾力化として、資産の将来価値、すなわち予想キャッシュ・フローの見積もりを弾力化するというもののようである。記事では、「外出自粛による人の移動の急減などで、様々な需要が蒸発している。この状況が続く前提で、厳格に将来の見積もりをすると巨額の損失を計上しなければならなくなる。財務が悪化すると企業の資金調達が難しくなる。」とある。ここでも繰り返すが、私たちは監査人は企業会計基準や企業会計基準委員会の考え方に従い、従来通り粛々とその合理性を判断することになる。巨額の損失を計上することになるかどうかは結果でしかない。結果を意識することは恣意的に会計処理をすることに他ならない。金額の妥当性以前に恣意的に数字を作ることは会計基準の弾力的適用ではなく、悪用であり誤用である。もしそれを強いるのであれば、監査意見をつけなくてよいことにすればよいのだ。

また横にずれたが、もとに戻って具体的な手続きとして、監査する会社の事業環境を冷静に見つめ、会社の意志・能力・戦略を踏まえて会社の減損に対する考え方を聞いて、会計処理の判断の合理性を協議・熟考し判断することになる。

今回の新型コロナ感染の影響は、主に金融市場のパニックであった先のリーマンショックとは大きく異なり、自粛やロックダウンに象徴されるように実体経済である供給サイド、需要サイドの両方に直接的に影響を与えたという意味でより深刻な経済危機であると考える。したがって、会社によっては厳しい決算となりうるであろう。ただし、それは会計基準の過度で厳格な対応の結果ではない。

最後に述べておくことは、この日経新聞の記事の背景には、おそらく個としての会社と監査人という私たちの立ち位置とは違うものがあるのだろうということである。

個々の会社というより、日本の金融システム(特に地域金融機関、農協金融など)、政府の保有する株式の影響をもろに受ける年金システム、政府の助成を受けている事業体などの仕組みが大きな影響を受け破たんするようなことがあってはならないという立場の意見が強く出ていると考える。私も日本のシステムがいま破たんすることは避けるべきと考える。しかしながら、そのために、個々の会社のアニマル・スピリットに従った財務報告や監査人の監査意見に圧をかけているかのような記事を書くのはいかがなものかと思う。

すでに、新型コロナ感染症は我々に大きな変化を強制している。この動きは益々大きくなるだろう。価値観も大きく変わる。小手先の政策ではこの変化を乗り越えられない。
今できることとは、今の目先のことと同時に、未来のために今しなければならないことも含まれなければならない。

私たちは、小手先ではなく、まっすぐにこの危機を乗り越えて良い日本の財産を後世に残すために、実践する所存です。

最後に、4月10日の衆議院財務金融委員会で日吉雄太議員(公認会計士の資格を有する)による新型コロナ感染症に対する会計基準の弾力的な、柔軟な対応に関する質問に対して麻生財務大臣は次のように答弁した。

「政府の新型コロナ感染症対応をしっかりと織り込んだ(減損や引当の積み増しなどの会計処理を)求めている」と。

この政府保証があったことを日経新聞は直接記事にすれば良かったのではないだろうか。
会社にとっても、監査人にとっても、日本政府の日本経済に対する保証をどのように個別企業の減損の評価に反映させるのかは簡単なようで、現実には不可能だと思う。つまりは、減損処理は一切しなくてよいというメッセージだったのだろう。ここだけの話だ。

監査がここまで注目を浴びることは隔世の感である。

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代表 東葭 新
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