東芝 監査人交代 記事を読んで感じたこと(その2)2017年5月10日
(いつものように長文です。お急ぎの方は3段落目からお読みください。)
春の大型連休も終わり特に3月決算会社においては上場会社の決算短信発表や監査法人の変更などの適時開示が多くなる時期ですね。会社の役員やご担当部署の皆様、監査法人のご担当者の献身的な対応に頭が下がる思いです。
グローバル企業だけでなく、多くの子会社・関連会社群(連結グループ)を保有する企業は、その財務報告書類の作成と監査において上場会社である親会社の個別財務報告書類だけでなく、連結グループ各社の財務報告書類の作成と会計監査人監査(多くの場合会社法上の会計監査人監査対象となっている)を親会社の決算短信発表に間に合うように実質的に終わらせなければなりません。ここで、実質的とは各社の主要な財務報告数値がこの先変更されないことを合理的な範囲で確かめ終わったということです。
証券市場における投資家保護の観点から特に日本では上記のことが暗黙の了解として求められてきており、現在まで会社も監査法人も頑張って対応してきたところであります。しばしば上場会社の監査(金融商品取引法監査)を先に行い、会社法監査のみの会社の監査対応を後にする、といった総論を耳にしますが、上記のとおり多くの場合会社法監査対象企業も上場会社のグループ会社であることが多く、各論としてはこの時期にいっきに監査手続きを行いますので超が3つもつくぐらいの長時間の作業対応が求められることになります。
他方で、このことが監査法人の職員の長時間勤務の問題や監査の質の担保などにひずみが出てきたことも否めません。ここについてはまた機会をみてブログに整理したいと考えています。
さて前置きがいつも通り長くなっていますが、本題に入る前に、東芝は「東芝の監査を担当するPwCあらた監査法人の意見にかかわらず、ルール通りの期限内で(「決算短信」を<筆者補足>)発表する方向で検討している(朝日新聞デジタル版2017年5月9日)」とのことです。これはすでに周知の事実として監査法人の監査意見が「不表明」となることが予定されるので、そうならばせめて上場ルールにしたがって期限内に一度は決算数値を公表したほうが投資家に有用だろうという趣旨だと私は理解したいと思います。短信の発表後も誠実に東芝とあらたとが監査対応を進めて(まだこの努力が行われていることを強く希望します!)、その結果として適正意見を付与された新しい数値が決まれば、またそのタイミングで上場ルールとして修正の短信を公表することになるからです。
発表数値が何度も変更されることはもちろん投資家保護の観点からも良いことではありません。しかし、特に東芝が誠実に対応している結果としての期限内の短信の発表自体は、(未監査状態での会社による速報値の公表であることは他の上場会社も同じなので)上場制度上問題はないからです。投資家も短信発表とはもともと制度上そのような建てつけであることを頭の片隅に置いておいていただけると今回の東芝のようなケースでもクールに対応できると思います。
東芝としても期限内に一度短信発表したからそれで義務を果たしたとはお考えにはなってはいないと信じていますし、強調しておきたいと思います。
繰り返しますが、監査が収束する見込みが❝実質的❞にたっていないまま短信を期限内に公表することがこの東芝のケースでは異例なのです。適正意見が出るように最善を尽くしていただきたいと思います。
さて、やっと本題です。本日2017年5月10日の朝日新聞デジタル版では「東芝は2017年度の決算の監査で、現任のPwCあらた監査法人を変更する方針を固めた。16年度決算までは、あらたが担う方向。あらたとの対立から16年度決算についても変更の可能性を探ったが、すぐには後任が見つからなかった。後任は準大手の太陽監査法人が有力視されている。」とあります。このことについて感じたことを書くために、本ブログの長い前半部分を熱く(厚く?)書いてきたのです。
今回の東芝の監査法人の変更では、前回のブログでは2017年3月期(2016年度)の監査法人交代がいかにハードルが高くリスキーなものかということを中心に書いたつもりでしたが、本日の記事ではそのハードルがなくなったことのようです。胸をなでおろしました。しかし、今度はもうひとつのハードルがクローズアップされることになります。
それは、法人規模やグローバル対応などの能力面の問題を置くとして、準大手監査法人が東芝の2017年度(2018年3月期)の監査を受嘱する条件として、前期である2016年度
(2017年3月期)の東芝の財務報告数値に対して前任監査法人の適正意見がついていることが本来は必要となるからです。
大手の監査法人、特にPCAOB監査(米国基準監査)の登録監査法人では社内ルールとして前任監査法人の監査意見が「適正意見」ではない状態で監査を受嘱することはほぼ不可能だと思います。100歩譲って、「限定付き適正」や「不適正」といわれる意見であれば、なにが問題であるかが監査手続きの中で明らかにされているので、ケースによっては対応のしようがあかもしれませんが、「不表明」というのはまったく財務報告数値に与える影響がわからない、言えないということです。この「不表明」のケースでは、2017年度を担当する監査法人は「不表明」のついた2016年度の財務報告数値にまったく依拠することができないことから、後任監査人として2017年度の監査意見として適正意見を表明できない可能性が高くあります。大手監査法人が依拠する倫理基準として、適正意見を表明できない可能性がある場合、そのような監査契約を受嘱してはいけないことになっているからです。あらかじめお金だけ頂いて、意見を出さないことがわかっていながらそのような契約を受けることは証券取引制度のもとでの投資家保護に資さないばかりか、監査という仕事を個人の利益のために利用する悪徳会計士を生むことになることからご理解いただけると思います。(公認会計士・監査法人がプロフェッショナルとして従う倫理に対する考察も別の機会にブログにまとめたいテーマです。)
従いまして、後任監査法人が2017年度の監査を受嘱するためには監査意見として「適正意見」を表明できる合理的な心証を得たうえでとなるはずですので、2016年度の監査意見が「不表明」となるのか否かは、大変大きなハードルになります。もし「不表明」のままではビッグ4とメンバーシップを組んでいる大手監査法人は社内ルールによって監査業務をほぼ最初から受嘱できないと思います。それ以外の監査法人が受嘱する場合には「適正意見」が付されている2015年度の監査を対応した新日本監査法人から再度引継ぎを受けた上で2016年度の監査手続きを自らやり直し、2017年3月31日(2017年度財務報告の期首残高に相当)の財務報告数値に関する合理的な心証を得たうえで、やっと監査を受嘱するかどうかの通常の検討に入れることになると考えます。厳しい監査法人であれば、前任監査法人が「不表明」とした原因を分析し、その要因を合理的なレベルまで後任監査法人として制御可能であることをドキュメント(日本語の文書化よりも厳密にしたいのでカタカナ表記しました)することを求めるでしょう。
とてもハードルが高いですね。このハードルを越えるために、後任監査法人の人員の確保もさることながら、さらに新日本監査法人の支援もさることながら、2016年度の財務報告に対して東芝とあらたが「不表明」を回避できるかどうかが大きな分かれ目になると考えます。
そのためには、東芝の「統治責任者」、すなわちガバナンスを担われている取締役の強いリーダーシップに大変期待をしております。
公認会計士東葭新事務所 代表 東葭 新
ご質問、問い合わせはこちらまで arata@cpatoyoshioffice.com
春の大型連休も終わり特に3月決算会社においては上場会社の決算短信発表や監査法人の変更などの適時開示が多くなる時期ですね。会社の役員やご担当部署の皆様、監査法人のご担当者の献身的な対応に頭が下がる思いです。
グローバル企業だけでなく、多くの子会社・関連会社群(連結グループ)を保有する企業は、その財務報告書類の作成と監査において上場会社である親会社の個別財務報告書類だけでなく、連結グループ各社の財務報告書類の作成と会計監査人監査(多くの場合会社法上の会計監査人監査対象となっている)を親会社の決算短信発表に間に合うように実質的に終わらせなければなりません。ここで、実質的とは各社の主要な財務報告数値がこの先変更されないことを合理的な範囲で確かめ終わったということです。
証券市場における投資家保護の観点から特に日本では上記のことが暗黙の了解として求められてきており、現在まで会社も監査法人も頑張って対応してきたところであります。しばしば上場会社の監査(金融商品取引法監査)を先に行い、会社法監査のみの会社の監査対応を後にする、といった総論を耳にしますが、上記のとおり多くの場合会社法監査対象企業も上場会社のグループ会社であることが多く、各論としてはこの時期にいっきに監査手続きを行いますので超が3つもつくぐらいの長時間の作業対応が求められることになります。
他方で、このことが監査法人の職員の長時間勤務の問題や監査の質の担保などにひずみが出てきたことも否めません。ここについてはまた機会をみてブログに整理したいと考えています。
さて前置きがいつも通り長くなっていますが、本題に入る前に、東芝は「東芝の監査を担当するPwCあらた監査法人の意見にかかわらず、ルール通りの期限内で(「決算短信」を<筆者補足>)発表する方向で検討している(朝日新聞デジタル版2017年5月9日)」とのことです。これはすでに周知の事実として監査法人の監査意見が「不表明」となることが予定されるので、そうならばせめて上場ルールにしたがって期限内に一度は決算数値を公表したほうが投資家に有用だろうという趣旨だと私は理解したいと思います。短信の発表後も誠実に東芝とあらたとが監査対応を進めて(まだこの努力が行われていることを強く希望します!)、その結果として適正意見を付与された新しい数値が決まれば、またそのタイミングで上場ルールとして修正の短信を公表することになるからです。
発表数値が何度も変更されることはもちろん投資家保護の観点からも良いことではありません。しかし、特に東芝が誠実に対応している結果としての期限内の短信の発表自体は、(未監査状態での会社による速報値の公表であることは他の上場会社も同じなので)上場制度上問題はないからです。投資家も短信発表とはもともと制度上そのような建てつけであることを頭の片隅に置いておいていただけると今回の東芝のようなケースでもクールに対応できると思います。
東芝としても期限内に一度短信発表したからそれで義務を果たしたとはお考えにはなってはいないと信じていますし、強調しておきたいと思います。
繰り返しますが、監査が収束する見込みが❝実質的❞にたっていないまま短信を期限内に公表することがこの東芝のケースでは異例なのです。適正意見が出るように最善を尽くしていただきたいと思います。
さて、やっと本題です。本日2017年5月10日の朝日新聞デジタル版では「東芝は2017年度の決算の監査で、現任のPwCあらた監査法人を変更する方針を固めた。16年度決算までは、あらたが担う方向。あらたとの対立から16年度決算についても変更の可能性を探ったが、すぐには後任が見つからなかった。後任は準大手の太陽監査法人が有力視されている。」とあります。このことについて感じたことを書くために、本ブログの長い前半部分を熱く(厚く?)書いてきたのです。
今回の東芝の監査法人の変更では、前回のブログでは2017年3月期(2016年度)の監査法人交代がいかにハードルが高くリスキーなものかということを中心に書いたつもりでしたが、本日の記事ではそのハードルがなくなったことのようです。胸をなでおろしました。しかし、今度はもうひとつのハードルがクローズアップされることになります。
それは、法人規模やグローバル対応などの能力面の問題を置くとして、準大手監査法人が東芝の2017年度(2018年3月期)の監査を受嘱する条件として、前期である2016年度
(2017年3月期)の東芝の財務報告数値に対して前任監査法人の適正意見がついていることが本来は必要となるからです。
大手の監査法人、特にPCAOB監査(米国基準監査)の登録監査法人では社内ルールとして前任監査法人の監査意見が「適正意見」ではない状態で監査を受嘱することはほぼ不可能だと思います。100歩譲って、「限定付き適正」や「不適正」といわれる意見であれば、なにが問題であるかが監査手続きの中で明らかにされているので、ケースによっては対応のしようがあかもしれませんが、「不表明」というのはまったく財務報告数値に与える影響がわからない、言えないということです。この「不表明」のケースでは、2017年度を担当する監査法人は「不表明」のついた2016年度の財務報告数値にまったく依拠することができないことから、後任監査人として2017年度の監査意見として適正意見を表明できない可能性が高くあります。大手監査法人が依拠する倫理基準として、適正意見を表明できない可能性がある場合、そのような監査契約を受嘱してはいけないことになっているからです。あらかじめお金だけ頂いて、意見を出さないことがわかっていながらそのような契約を受けることは証券取引制度のもとでの投資家保護に資さないばかりか、監査という仕事を個人の利益のために利用する悪徳会計士を生むことになることからご理解いただけると思います。(公認会計士・監査法人がプロフェッショナルとして従う倫理に対する考察も別の機会にブログにまとめたいテーマです。)
従いまして、後任監査法人が2017年度の監査を受嘱するためには監査意見として「適正意見」を表明できる合理的な心証を得たうえでとなるはずですので、2016年度の監査意見が「不表明」となるのか否かは、大変大きなハードルになります。もし「不表明」のままではビッグ4とメンバーシップを組んでいる大手監査法人は社内ルールによって監査業務をほぼ最初から受嘱できないと思います。それ以外の監査法人が受嘱する場合には「適正意見」が付されている2015年度の監査を対応した新日本監査法人から再度引継ぎを受けた上で2016年度の監査手続きを自らやり直し、2017年3月31日(2017年度財務報告の期首残高に相当)の財務報告数値に関する合理的な心証を得たうえで、やっと監査を受嘱するかどうかの通常の検討に入れることになると考えます。厳しい監査法人であれば、前任監査法人が「不表明」とした原因を分析し、その要因を合理的なレベルまで後任監査法人として制御可能であることをドキュメント(日本語の文書化よりも厳密にしたいのでカタカナ表記しました)することを求めるでしょう。
とてもハードルが高いですね。このハードルを越えるために、後任監査法人の人員の確保もさることながら、さらに新日本監査法人の支援もさることながら、2016年度の財務報告に対して東芝とあらたが「不表明」を回避できるかどうかが大きな分かれ目になると考えます。
そのためには、東芝の「統治責任者」、すなわちガバナンスを担われている取締役の強いリーダーシップに大変期待をしております。
公認会計士東葭新事務所 代表 東葭 新
ご質問、問い合わせはこちらまで arata@cpatoyoshioffice.com
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