東芝 監査法人変更へ の記事を読んで感じたこと

 今、まさに3月決算監査の真っ只中の時期ですね。会社側としては財務諸表の作成はこれからとしても、2017年3月期の決算作業は重たい論点については既に監査法人と協議をほぼ終えて決算数値を固め、取締役会などの機関への決算報告も終了し、あとは監査が順調に進むことを待つのみ、若干の論点はあるがだいたいこの数字で決まり、という状況の会社が過半ではないかと希望します。

 そのような中で私にとっては何度聞いても耳を疑うというか信じられない記事があります。色々なところで出ていますので、きっと本当なのでしょう。

 今日、2017年4月26日の毎日新聞でも「<東芝>監査法人変更へ・・」とあります。
  内容は、「東芝は、決算の会計監査を担当するPwCあらた監査法人を変更する方針を固めた。東芝は2016年4~12月期連結決算について、同監査法人から「決算内容は適正」との意見を得られないまま異例の発表に踏み切っていたが、その後も意見対立が続き、解消のめどが立たないため。既に準大手の監査法人に後任となるよう打診しており、17年3月期決算で適正意見を目指す。
 東芝とPwCあらたは、経営破たんした米原発子会社ウェスチングハウス(WH)の元幹部が、損失を少なく見積もるよう部下に圧力をかけたとされる問題などを巡って意見が対立。過去にさかのぼってさらに詳細な調査を求めるPwCあらたに対し、東芝は「不適切な圧力は調査で判明したが、決算への影響はない」と結論付け、監査法人の意見なしで16年4~12月期決算を発表した。
 その後も東芝とPwCあらたと協議を続けてきたが、溝は埋まらないと判断した模様だ。東芝は5月に17年3月期決算を発表する予定で、「意見不表明」のまま決算を提出すれば上場廃止になる可能性もあるため、監査法人を変更して適正意見を得ることを目指す方針だ。」とのことです。

 2017年3月期において、東芝とPwCあらた監査法人(以下、「あらた」とします。)との間には監査契約という委任契約が結ばれていますので、通常であれば監査人を交代する、つまりあらたとの間の契約を破棄するためには東芝から一方的に解約を伝えれば済むわけではなく、合理的な解除理由そして株主等への説明が必要になり、さらに場合によっては損害賠償の問題が生じますので、通常は監査契約がある2017年3月期についてはあらたに監査を担当してもらい、新しい期である2018年3月期から新しい監査法人を選任するということになるはずです。なお、監査法人から一方的に監査契約を解除することができないことも同様です。

 しかし、詳しい事情は外からはもちろん分かりませんが、いったん「意見不表明」という結論を出したあらたとしては東芝から監査契約の合意解約を求められたことは覚悟のうえであったと思います。あらたは監査法人としての責任を果たした上で、東芝との溝がうまらない状況を判断したうえで合意解約を受け入れたのだと推測できます。よって東芝も次の監査法人について言及しているのでしょう。

 他方、現在の財務数値を東芝が心から正しいと考えているということが大前提ですが、東芝は上場維持を最優先として今回の監査人交代という決断になったのだと思います。記事通りとするなら、このタイミングでの監査人の変更による追加コストは計り知れません。いまから1年分の監査を最初からやり直すだけでなく、新しい監査法人は期首の検証をしなければなりませんから。

 追加コストがかかったとしても上場を維持することは投資家保護につながることではありますが、両者の溝を埋めて適正な監査証明のついた財務数値を公表することで2017年3月期を終了できなかったことは東芝だけの問題ではなく、日本の証券取引市場に少なからず傷を残したと言えます。日本の証券取引市場を支えるプレーヤーが十分な資質を保持していないのではないかと言われかねない状況になっているという意味です。どのプレーヤーがどの程度傷を負ったかは、それぞれの立場の見方・考え方・感じ方によって様々だとは思います。ここでプレーヤーとは過去、そして現在の日本における上場企業と監査法人さらには取引所や監督官庁も含まれる意味で使っていますが、日本の証券市場に対する信頼が棄損することはここで仕事をしている者にとって良いことではありません。

 余計なことではありますが、両者のその溝が、会社側の上場廃止の回避を至上命題とする取締役の訴訟リスク回避、あるいは監査法人側の行き過ぎたリスク回避からきたものではないことを信じたいと思います。さらに余計なことですが、今回のことが適正意見(お墨付き)を付けてくれる監査法人を探してくればよいとか、お金をそれなりにもらえるならリスクをとって適正意見をつけますよという監査法人が出てきますという類のお話ではないと強く信じております。(新しい監査法人もお墨付きを出すか出さないかは監査を実施してから判断することになるはずです!)

 われわれ公認会計士は私たちの仕事の内容を正確に社会に伝えていくことが、監査というものの考え方や社会に対する価値をしっかりと理解してもらえるように努力すること、説明責任をしっかりと果たしていくことが必要だとあらためて強く記事を読んで感じました。

 ここで、少し整理しておきたいことがあります。監査法人の交代と聞いて一般の皆様は不思議に思われるかもしれません。監査法人を変更すれば同じ財務数値に対しても「不表明」とされたものが適正意見(お墨付き)をつけてもらえるのか、と。

 結論から申し上げるとロジックとしてはあり得ます(ここは会計や監査のルールの話になりますので、あらためてブログ書きます)。もちろん、現実的にはいくつか前提があることが必要ですし、事例としては少ないでしょう。今回の東芝のケースについてはもう少し記事の先を読みたいと思います。

 先ほどの毎日新聞によれば、「ただ、大手企業の東芝の監査は作業量が多いため、決算発表は大きく遅れる懸念がある。また、東芝の会計基準は米国基準なのに対し、準大手の監査法人は日本基準を採用しており、会計基準変更につながる可能性がある。その場合、作業量はさらに増えることになり、決算発表は数か月単位で遅れる可能性も出ている。」とのことです。

 この部分、厳密には論理的には抜けているところがあるのですが、新聞記事の仰りたいことを私が行間を補うと以下のようなことなのではないかと思います。(投資評価基準や財務諸表のリステートの論点があるのかもしれませんが、会計技術的な話になりますので今回は割愛します。)

 “東芝は米国基準で財務数値を作成しており、あらたは米国基準に合うように米国基準の監査基準にしたがって監査を実施してきた。米国基準では内部統制の評価(US-SOX)が厳格である。米国子会社ウェスチングハウスの内部統制について問題が発見されたがここの内部統制が適切に機能していないとあらたが評価したことから、結果として東芝全体の財務数値が適正に作成されているかどうか判断ができないということで、監査意見が「不表明」となった。そこで、東芝も米国基準から日本基準に財務報告の基準を変更すれば、日本の準大手の監査法人は日本基準で監査を実施するのでお墨付きをもらえるかもしれないと考えた。ただ、2017年3月期について準大手監査法人があらためて作業をするので決算発表は非常に遅れる。”

 私自身、なるべく慎重に行間を補いましたが、書いていてやはり気になることがあります。それは、“準大手の監査法人という表現が使われているところです。あらたを含む日本の大手監査法人は日本の金融庁だけでなく、PCAOBという米国の規制当局の検査を受けるのでグローバル水準の監査を実行するのであるが、その規制を受けない準大手監査法人であれば判断が違いうる”という考えも背景にあるのだと思います。本来、日本の監査法人が準拠する監査基準に監査法人間で差はないと私は理解していることだけここでは強調させていただきます。

 ただ、そのような考えが実際あることを新聞で目にすることは日本の公認会計士として忸怩たる思いがありますが、それが現実なのだと思います。

 とにかくここで協調しておきたいことは、“準大手”であれば適正意見が出るということではなく、米国基準だと厳格だが日本基準だと緩いということではないということです。どの監査法人も同じレベルの監査を実施しているはずです。ただ監査を実施する時期だったり、会社とのコミュニケーションのよしあし、あるいは証拠力の判断の違いなどの総合的理由により意見が変わりうるということです。大手と準大手との間に監査基準の差があるということではありません。あらたと東芝の間にはあるいは感情的なしこりがあり、スムーズな手続きの実施をお互いできないと考えて合意解約となったのかもしれません。きっと次の準大手監査法人はスムーズな手続きを実施できると期待されているのかもしれません。甘い判断を期待してということではないと思います。

 どの準大手監査法人が東芝の監査を担当されるか知りませんが、ぜひ、日本の証券制度そして監査に対する社会からの信用を高めていただくことを望みます。

 もし、当事務所で何かお役にたてることがありましたら、どうぞお問い合わせください。

代表 公認会計士 東葭 新
E-MAIL  arata@cpatoyoshioffice.com

(注)新聞の記事からは明確に読み取ることは難しいのですが、「東芝の会計基準は米国基準なのに対し、準大手の監査法人は日本基準を採用しており、会計基準変更につながる可能性がある。」という表現は、準大手監査法人は日本基準の会計処理を行う企業の監査を行い、米国基準で会計処理を行う企業の監査を実施できないという意味で記載されている可能性もありますが、そもそもそうだとしたら、米国基準から日本基準への会計方針の変更の妥当性を検討することができないことにもなり、そのような監査法人を選任することは、冗談ではなく適正意見をもらいたいだけ、ということにもつながりナンセンスだと思いますので、そのような理解をとりませんでした。実務的にも今から2017年3月期の会計基準を変更することはほぼ不可能で、2018年3月期以降の論点になると思います。



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